三 輪 田 米 山 略 年 譜

西暦年 号年 齢記 事
1821 文政 4 1 辛巳(かのとみ)一月十日伊豫國松山藩領久米郡南久米村に生まれる。
父は日尾八幡宮祠官三輪田(みわだ)清敏。母米(よね)の長男。
祖母里与(りよ)は、僧明月の姪。
幼名は秀雄、常貞。雅号は米月、米山。室号得正軒(とくせいけん)
春元之父を高房と云、高房の父を清敏と云。河内守従五位下に叙任す。代々久米乃郡久米村日尾八幡宮の祠官、清敏の長子を常貞と云。嗣家。次子を高房と云。三男を元綱と云。高房、元綱松山侯に事ふ。久松家也。
本家常貞、女子ありて男子なし。春元を婿養子とす。
明治十年出願七月二日庁許。
清敏、幼名實太郎。后、袮式部清連と名づく。后、清敏と改。
妻、荻山八左右衛門代々称俗称平次と云の長女。幼名於庄。后。於米と称す。
[明治十三年十月二十四日 三輪田春元日記見在]
1848 嘉永 1 28 父河内守清敏の死により家職の神官を嗣ぐ。
1850 嘉永 3 30 七月八日 入門先生御願申上、[常貞]の名を賜はる。
扇面短冊二枚頂戴。
[諸用日記見在]
1851 嘉永 4 31 先日伯巌に謁。
[日下伯巌先生 三月十日 諸用日記見在]
1855 安政 2 35 十二月二十六日 叔父荻山光治(次)二番娘要と婚礼。
仲人代、組頭幸兵衛。三三九度酌、妹重野。
[諸用日記見在]
1861 文久 1 41 十二月四日 長女鶴誕生
1862 文久 2 42 三月十六日 大洲八幡神主常磐井中衛先生災難見舞に出立し、二十三日帰宅。
九月二十二日 大洲矢野茂太郎、讃州よりかへりがけ来訪。用向有之よしなれどもむなしくかへる。
[矢野茂太郎-矢野玄道 諸用日記見在]
1867 慶應 3 47 十二月二十五日 二女梅誕生。
1870 明治 3 50 閏十月九日 八幡浜清家牧太堅庭来。皇学者、大酒豪となり・・・。
[諸用日記見在]
1871 明治 4 51 二月四日 口上 私共姓藤原と到来候処、此度大神に復姓仕候間、此段御達し申上候。 以上 明治四年辛未二月 久米郡久米村南分 日尾八幡宮祠官 鷹子村 三輪田秀雄 判 届済と成。
二月十一日 左の通承届候間夫々取計可申事。一、三輪田秀雄大神に復姓願 〆 二月十日 乃万與三左衛門 重松賢三郎殿
[諸用日記見在]
十月十九日 松山県より日尾八幡大神(ひおはちまんおおみわ)の祠官に任ぜられる。
1872 明治 5 52 日尾社、郷社となる。
1876 明治 9 56 【愛媛面影】著者半井梧菴に会う。(二月十五日)
【続国史略】求む。
久米郡郷社日尾八幡宮文庫設立す。
1877 明治10 57 七月二日 次弟高房の長男春元を婿養子とする。
1879 明治12 59 八月二十二日 日尾八幡宮懸社となる。
【書家自在】求む。(十一月二七日)
1880 明治13 60 三月十四日 婿養子春元、長女鶴と結婚する。
隠居届を出して、元春に社務を譲る。
六月十七日、刈屋村豊田多三郎、松澤茂作右両人神名石本社へたて度、久米鷹子両村へ引請し…
(「県社日尾八幡大神」揮毫依頼 三輪田祠官家記原文)
宇和島和霊社祠官三輪田直三郎来。金平糖一函。(七月十四日)
直三郎に扇唐紙など認遣当日かへる。(七月十六日)
万葉の歌扇面また全唐紙へ認、また【書家自在】の語を全紙へ認。当日は酒よくなりし故さかなはさし身をあまた作り、そうめんの上へも置。(七月二十五日)
(三輪田祠官家記原文)
日尾社注連石「鳥舞魚躍」揮毫(十月十五日)
十一月二十一日 注連掛石「鳥舞魚踊」建方。
[三輪田春元日記見在]     
十二月五日、朝石工の名を認。当日中の川へ問に遣て認。
当日は、とうふさかなにて酒をのみて認し。
これにて父君神名石の認致5日かかる。
(「県社日尾八幡大神」揮毫 石工丹生谷友次郎 三輪田春元日記原文)
1881 明治14 61 一月十五日 神名石「懸社日尾八幡大神」建方。
[三輪田春元日記見在]
1882 明治15 62 久邇宮朝彦親王の御前で揮毫し、筆跡を賞賛される。
1883 明治16 63 【多宝塔碑】顔真郷拓本求む。(九月十二日)
1885 明治18 65 【明治新刊国史略】求む。
1887 明治20 67 【書家自在】紛失。再び【書家自在】三銭一厘にて求む。
1888 明治21 68 二月二十八日 少数教正を拝命す。
[三輪田春元日記見在]
1890 明治23 70 八月五日から二十八日まで書籍五○四冊蟲干。
[三輪田春元日記見在]
【王義之集字聖教序拓本】【智永真草千字文拓本】【論語】【大学】【中庸】【孟子】【唐宋八大家文読本】【愛媛面影】【愛媛県地誌略】【日本地誌略】【続文章規範三冊】【小学読本】等。
1892 明治25 72 【大唐三蔵聖教序】[チョ]遂良拓本求む。(十月二十五日)
1894 明治27 74 「米山三輪田先生墓」揮毫。(八月十九日)
十二月十八日 墓石「三輪田常貞墓」建方。
[三輪田春元日記見在]
1901 明治34 81 三十六歌仙図絵馬(徳威三嶋宮所蔵)詠歌揮毫。
1907 明治40 87 日尾社、神社に指定される。現在の日尾八幡神社。
1908 明治41 88 11月3日、米山没す。浄土寺墓地に埋葬。

三輪田米山日記(泰申会出版 平成15年7月23日発行)


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